「綴れ織り」
手織や 虚籟庵

生涯をかけて世界平和を祈りながら、ただひたすらに曼荼羅を織り続けた綴織工芸家、遠藤虚籟。その崇高な生き方に感銘し、山形鶴岡の地で綴れ織りの技と魂を受け継ぐ工房、それが「手織や 虚籟庵」です。

古代より受け継がれた
悠久の技法を纏う

古代エジプトに端を発し、奈良時代に日本へと伝わった絹織物「綴れ織り」。その卓越した技法を時代に応じた製品に反映させ、美術織物としての価値を今に受け継いでいます。

手織りがもたらす
優しく贅沢な絹の表情

緻密なものは1日にわずか2~3cmしか織り進めない、気が遠くなるような手間と複雑な工程を伴う綴錦織。現在でもフランスのゴブラン織と同じく最高級の絹織物とされています。

絹織物の町、山形・鶴岡
織物工房「手織や 虚籟庵」

昭和初期の綴れ織り工芸家、遠藤虚籟の技と魂を受け継ぎ、伝統的な手織りの作品を生み出し発信し続けています。

遥か古代に起源を発する
綴れ織りの歴史と技法

世界中で古くから製織されてきた織物“綴れ織り”。手間を極める技法で編み出す美しさが最高級の工芸品と称される理由です。

平和を祈る綴れ織り工芸家
遠藤虚籟(えんどうきょらい)

生涯をかけ世界平和を祈りながら、ひたすらに曼荼羅を織り続けた綴れ織り工芸家「遠藤虚籟」。その生涯と綴れ織りの祖としての足跡。

手織や 虚籟庵

昭和初期、第二次世界大戦のさなかもその技術の高さゆえに徴兵を免れ、その生涯をかけて世界平和を祈りながらただひたすらに、曼荼羅を織り続けた綴れ織り工芸家、遠藤虚籟と和田秋野。その崇高な生き方に感銘し、綴れ織りの技と魂を受け継ごうと、虚籟さんのお墓のある鶴岡市の天澤寺(てんたくじ)境内の一室にて平成21年に綴れ織り制作をスタートさせたのが「手織や 虚籟庵」の始まりです。

「手織や 虚籟庵」について

 

 

 

 

 

古代から伝わる
「綴れ織り」の歴史と技法

「綴れ織り」の起源は古く、西アジアにおいて始まったといわれています。その後東西に広まり、コプト(エジプト)やタピスリー、ゴブラン織(フランス)など、世界各地において古くから製織されている最も原始的な平組織。日本には奈良時代に中国から伝えられ、明治時代には美術作品も見られるほど盛行し、海外に輸出されるまでになりました。

「綴れ織り」の歴史と技法

 

 

 

 

 

綴れ織りの祖
遠藤虚籟

遠藤虚籟は本名を順治といい、明治23年(1890)12月20日、山形県田川郡大宝寺村(現在の鶴岡市宝町7丁目付近)に生まれた。明治39年(1906)、16歳の虚籟は画家を志し、旧制庄内中学校を退学して上京。苦学して大平洋画会研究所で中村不折に師事し、専らデッサンを学ぶ。しかし生活の糧を得るためのアルバイト等の過労がたたり、やがて健康を害した虚籟は、画家になる夢を断念せざるを得なかった…。

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遠藤虚籟

綴れ織り作品ギャラリー

数年もの手間と技量を惜しみなくつぎ込んだ
渾身の美術工芸品から、
日常を彩る服飾品や染めを伴った小物まで、
「手織や 虚籟庵」から生み出される作品は多岐に渡ります。